本文は保存記事をもとに掲載しています。「現在」などの表現は元記事の記載時点を指します。証言・調査上の推定は原文の表現を残しています。
・戦後、着弾地周辺の田んぼの手伝いをしている時、父から戦争中に爆弾が落ちたことを聞かされていた。
・叔母は爆弾が落ちた後、着弾地を見に行った。
金澤正造さんの証言によって、着弾地を含む不動産の地番が判明し、着弾地の緯度と経度の確定につながりました。金澤さんの田んぼではないかと、野口友朗に教えていただいたのは、石川満さんです。金澤さんへは丹賢一さんが聞き取り調査を行い、その話が朝日新聞記者の小松重則さんに伝わり、小松さんによる再度の取材を経て、朝日新聞茨城版2019年9月20日付記事「茨城)「模擬原爆」着弾は北茨城・磯原か 証言たどる」となりました。この記事により、模擬原爆の北茨城市着弾地が、磯原町後大沢(いりおおさわ)の山中の沢沿いに当時あった金澤家の水田だった可能性が初めて報道されました。
出典:Facebook「模擬原爆北茨城着弾地調査」
元の記事を開く ↗