本文は保存記事をもとに掲載しています。「現在」などの表現は元記事の記載時点を指します。証言・調査上の推定は原文の表現を残しています。
国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス(mapps.gsi.go.jp)において公開されている1946年(昭和21年)6月8日、米軍撮影の航空写真において、模擬原爆の着弾クレーターらしき跡が確認できます。下の画像の赤い枠の中の部分です。
この跡は、3枚の航空写真に映っています。コース番号「M159-A-5」の「47」「48」「49」の写真です。
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この航空写真の高解像度版を日本地図センターから購入し、空襲研究の第一人者である工藤洋三氏に伝えたところ、模擬原爆のクレーター跡に近いパターンであり、また、直径も15メートルほどということもあり、模擬原爆の着弾地跡の可能性が高いとのご返答をいただきました。2020年9月末頃のことです。
この跡は、着弾地の地番の情報から地番に対応する場所を公図から推定、その付近を流れる沢のパターンを記憶し、過去の航空写真をしらみ潰しに見ていった結果、見つけました。はっきりと跡が確認できるのは着弾から一番古いこの3枚の写真だけでした。地番の情報を記憶されていた、着弾地の当時の所有者であった金沢家の金沢正造さん、地番の情報を筆者に教えてくださった郷土史家の丹賢一さんのご協力に感謝いたします。

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出典:Facebook「模擬原爆北茨城着弾地調査」
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