太平洋戦争末期、原爆投下作戦の一つとして、長崎に投下された原爆ファットマンとほぼ同じ形、大きさ、重さの巨大な火薬爆弾「模擬原爆」(通称パンプキン爆弾)が日本各地に49発投下され、400名以上の方が亡くなり、1300人以上の方が負傷、多数の建物が破壊されました。この模擬原爆爆撃は、広島、長崎の原爆投下と同等の「特殊爆撃任務(SBM)」としてアメリカ軍側では扱われており、模擬原爆の着弾地は、広島、長崎の原爆投下に連なる重要な「戦争遺跡」と言えます。模擬原爆の最初の投下は北茨城市大津町を狙ったものでしたが、長年、どこに落ちたのか不明でした。
2018年になり、大津町の投下目標から4kmほど南西に離れた、大日本地区近くの山の中に落とされていた大きな爆弾が大津町を狙った模擬原爆だったのではないか?と、元磯原中学校校長の故・鈴木勝利さんが気づきました。この大きな爆弾が落ちた付近の山は「爆弾山(ばくだんやま)」と長年、呼ばれていましたが、「B-29が余った1トン爆弾を山の中に捨てた」と言われてきました。
このホームページは、模擬原爆の北茨城着弾地について、証言を集め、また、広く知ってもらうために作りました。この調査については元々、筑波大学教授の伊藤純郎さん、郷土史家の丹賢一さんが2010年頃から進めて来られたものです。伊藤先生より「地元の方が調べた方が良い」というご助言をいただき、爆弾投下を目撃した故・野口友朗の息子で、着弾地近くに住む筆者(野口友則)がこのページを開設いたしました。専門外ということもあり、何かと至らないことも多いかと思います。「原爆は遠い広島、長崎の話ではなく、ここ北茨城に最初の模擬原爆が落とされていた」という事実はしっかり調べて後世に残しておいた方が良いのではないか、という一心からの運営となります。
太平洋戦争末期、磯原空襲の翌朝、昭和20年7月20日午前8時頃、現在の大日本地区付近、大きな太陽光発電所(北茨城市太陽光発電所)となっている辺りに落ちた大きな爆弾の爆発について体験された方、お話を聞かれておられる方、また、爆弾が落ちた大きな穴をご存知の方、お話を当ホームページ、あるいは、当ページの管理をしている野口友則の方にお寄せいただけないでしょうか? 野口宛の連絡先は、メールが「mogigenbaku.kitaibaraki@gmail.com」です。
※下の画像は、模擬原爆北茨城着弾地と推測されている場所(36°48'54.0"N 140°44'40.0"E)です

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出典:Facebook「模擬原爆北茨城着弾地調査」
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